活動報告

和次郎の朝鮮半島紀行 その2 釜山港へ

(1)あらすじとポイント
   和次郎は、いよいよ朝鮮半島に向けて出発しました。
   和次郎は、連絡船の中で朝鮮半島に向かう日本人の会話を聞いて、色々と考えてしまいます。
   朝鮮半島が初めての和次郎に付き添っている小田内さんは、歳は和次郎よりも相当上ですが、
  早稲田大学では講師であり、若くして教授になった和次郎に敬意をもって接したのではないかと思います。
   青森にルーツがあり、貧乏人が大好きな和次郎は、船内で日本人の「歪んだ外国人観」と出会い、
  とまどったのではないかと推測されます。
   小田内さんと和次郎は、おそらく一緒に、17:00か、17:30発の列車で東京を出発し、
  翌日、下関発21:30発で釜山に向かう関釜航路の船に乗ったと考えられます。
   当時は、朝鮮は日本国の一部でしたが、東京からはソウルまでは丸々2日かかり、
  小田内さんは、和次郎に朝鮮における調査内容だけでなく、
  彼が一人でそれなりに朝鮮を旅できるように彼の人脈その他様々なことを伝えたのではないでしょうか。
   帰りは和次郎が一人で日本に帰ることを想定していたような気がするのです。
   なお、和次郎の文献をコレクションしている工学院大学の皆さまのおかげで、
  和次郎は1922年9月13日に釜山に着いたことが和次郎のメモで分かりました。

(2)資料など
   時刻表(旅行案内社)、朝鮮旅行案内記(朝鮮総督府鉄道局)、
  朝鮮要覧(朝鮮総督府)、新興の朝鮮(朝鮮総督府)など
  そして何よりも、「釜山でお昼を」
     http://nekonote.jp/pusan.html

(3)文章 和次郎の朝鮮半島紀行第1章その2 釜山港へ.pdf

 

(参考リンク)

・景福丸

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%99%AF%E7%A6%8F%E4%B8%B8

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